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<title>anehakoの日記</title>
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<description> 月にむらくも花に風、桜は風を秘め、散りいそぐこそ美に変わる。夜が明けて古樹を見上げれば、　あさひに匂う花の奥、その奥花にまた花咲く桜かな・・・・　あっというまに夏は過ぎ去っていった。そのけだるさに浸る間もなく、下草折る野分けの中で仕　　　　事する雨合羽の影ひとつ、草やぶに浮きつ沈みつ。　　遠くけし粒ほどに見えた未完成の車体が、組立ラインの流れに乗って足元をひたひたと近づいてく  る。必ずやってくる未
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<![CDATA[   月にむらくも花に風、桜は風を秘め、散りいそぐこそ美に変わる。夜が明けて古樹を見上げれば、<br /><br />　あさひに匂う花の奥、その奥花にまた花咲く桜かな・・・・<br /><br /><br /><br />　あっというまに夏は過ぎ去っていった。そのけだるさに浸る間もなく、下草折る野分けの中で仕　　<br />　<br />　事する雨合羽の影ひとつ、草やぶに浮きつ沈みつ。<br /><br /><br />　<br />　遠くけし粒ほどに見えた未完成の車体が、組立ラインの流れに乗って足元をひたひたと近づいてく<br /><br />  る。必ずやってくる未来が私の前でおし広げられていくように。明日は電気の試験 <br /><br /><br /><br />　電気主任技術者試験会場は早稲田大学だった。久しぶりの大学界隈は随分と変わってしまった。<br /><br /> 大学の周りの舗道はきれいに整備され、どことなくお洒落な女子大の匂いがした。受ける試験の種<br /><br /> 類が違っても受験生の緊張した表情はいつも同じだ。参考書を覗き込む真剣な顔が、木陰のベン<br /><br /> チ、裏庭の磨り減った石のきざはしに見られた。 <br /><br /><br /><br />　秋がやって来た。この米軍基地も金木犀が花盛りだ。戦前陸軍時代からの古木の並木道、出征し<br /><br />  た兵士もかいだであろう甘い香りは、切なく野に散じ、まるでいにしえの魂魄がむせぶようだった。<br /><br /><br /><br />　努力すれば必ず報われるはずだという考えを捨て去る強さ、だから現実と向き合うリアリスト達は常<br /><br />  に柔軟でなければならない。それは乗り越えられないものの過酷さに一点の希望を見いだす能力。<br /><br /><br /><br /><br />　人を観察してその本性や内心を探ろうなどということにはそれほど興味はない。なぜなら相手を見て<br /><br />  やろうの心の本体は実は疑いなのだ。そんな愚かしいことからはどこまでも自由でありたい。<br /><br /><br /><br />　仏教の云うところの空は優しさであるという。そして優しさとは空性そのもの。それは空っぽは攻撃<br /><br /> もなく自らに受け入れて満ちていくだけだからなのか？ そういえば昔、優しさに包まれたならすべて<br /><br /> のことはメッセージ、とユーミンも歌っていた・・・・。<br /><br /><br /><br />　春はあからさまに大地にやって来る、沈丁花の香とともに。 秋は色づく木々に隠れて知らぬ間に深<br /><br />  まっていく、金木犀の匂いを残して・・・・<br /><br /><br /><br />　この長夜、寝静まった基地を中天の月が皓々と照らしている。 庭先の百葉箱には清らかな淡光の<br /><br />  波紋。傍らの戸口に有漏（うろ）にたたずむ私は独り。<br /><br /><br /><br />　ときに人は触れ合うだけで他人を幸せにする絶対的な平等観を持ち得る場合があるのだ。それは<br /><br />  彼の人間性への深い構造理解がそのまま平等観となって、他人との脱境界へ導くのであろう。<br /><br /><br /><br />　拉致を幾ら感情的に批難しても北朝鮮には届かないだろうと思う。「祖国存亡の場合、如何なる手<br /><br />  段もその目的に有効ならば正当化されうる」とマキャベリも説いている。<br /><br /><br /><br />　死の床に父が刻々と朽ちていくのを熱心に観察した私だが、あらゆる感覚が閉ざされたおそらく闇<br /><br />  の中で、一筋に流れた父の最後の涙を最近よく思い出す。<br /> <br /> ]]>
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<dc:date>2009-11-25T08:31:26+09:00</dc:date>
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<title>投票</title>
<description> 　私も流行ではないが、本日夕方、衆議院選挙期日前投票に行ってきた。驚いたのは、次々と会場にやってくる投票者の多さだった。いつもは退屈そうにかしこまって椅子に座っている選挙管理人達も、今日はどことなく生き生きとして見えた。両側につい立のある小机で、淡い草色と桃色の別様の投票用紙に、なかなか気の利いた色合いの組み合わせだと感心しながら、すでに心に決めていた政党名と候補者を書き込んだ。私はふと、そのとき
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<![CDATA[ 　私も流行ではないが、本日夕方、衆議院選挙期日前投票に行ってきた。驚いたのは、次々と会場にやってくる投票者の多さだった。いつもは退屈そうにかしこまって椅子に座っている選挙管理人達も、今日はどことなく生き生きとして見えた。両側につい立のある小机で、淡い草色と桃色の別様の投票用紙に、なかなか気の利いた色合いの組み合わせだと感心しながら、すでに心に決めていた政党名と候補者を書き込んだ。私はふと、そのときの用意された鉛筆の芯の柔らかさと、色紙に浮きあがる筆跡の墨のような黒さを不思議に思い、手にした鉛筆を照明に掲げてみたが、それは何の変哲もないただのＨＢの鉛筆だった。<br />　<br />　政権交代の可能性をマスコミは盛んに報道している。自民党８派閥のうち５派閥の会長が落選し、自民党の解党的敗北を予想するマスコミも少なくない。そしてそのことを望む国民が多いからこそ、期日前投票にもかかわらず投票場にかけつける人がこんなにも多いのだろうか。私も一度はそうであるべきと考えるのだが、ここまでくると、悉皆草木もなびくじゃないが、また日本人の悪い癖が出始めているのじゃないかと警戒したくなる。<br />　<br />　そのまま投票を済ませ家に帰り、夕刊を読んだとき、そこに橋本治氏の記事を読んではっとさせられた。彼は選挙について政権交代してもうまくいくわけがないとみる。政権交代すればなんとかなるという考え自体が自民党的なのだという。そして抜本的に変えるのなら、新しいシステムを構築するために自分がどう動くか考えないといけないが、その考えをもてる人はどれだけいるだろうか・・・とも述べるのだ。自民党的とは何なのだろうか？おそらく橋本氏は、批判精神なくして自立することなく、いかなる政党の威光にも盲目的になることを怖れているのだろう。 ]]>
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<dc:date>2009-08-28T08:20:10+09:00</dc:date>
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<title>スケッチ風１</title>
<description> 　Ｅはこの職場の最古参である。年は七十、今年いっぱいで退職だが、未だに壮年のように筋肉隆々だ。あの衰えない背筋と胸筋が四十年の間、彼の生活に貢いできかたと思うとつくづく感心する。責任者としての役職は降りたが、この職場の生き字引であることには変わらない。ベトナム戦争で殺気立ったアメリカ軍基地の歴史とともに生きてきたのだ。彼の蓄積された技術と経験はこの職場で一番だろう。まさに職人の鏡である。　ただ欠点
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<![CDATA[ 　Ｅはこの職場の最古参である。年は七十、今年いっぱいで退職だが、未だに壮年のように筋肉隆々だ。あの衰えない背筋と胸筋が四十年の間、彼の生活に貢いできかたと思うとつくづく感心する。責任者としての役職は降りたが、この職場の生き字引であることには変わらない。ベトナム戦争で殺気立ったアメリカ軍基地の歴史とともに生きてきたのだ。彼の蓄積された技術と経験はこの職場で一番だろう。まさに職人の鏡である。<br />　ただ欠点は自己の過去を賛美したがるその隠しようもない自愛なのだ。私はそんなものを彼に見たくはなかった。過度の自愛はせっかくの本物の職人としての私の期待を曇らせた。業界全体が斜陽化していくその報われない己の技量のはけ口を、過去の思い出に吐き出しているようにも見える。そして私という人間はこんなにも苦労してきのだと、言葉の端々に周到に隠しているのだ。厄介だった過去の思い出を他人を通して自己肯定の花束に変えたいのだ。<br />　これは同じ職場に長くいた弊害でもある。己の位置を相対化させうる横の話ができず、過去に関わる時間軸に沿った縦の経験からしかなにごとも判断できないのだ。そしてその縦の軸にはいつも中心に自分がいた。そこで苦労話の列挙。しかし有刺鉄線の外部の世界はあまりに広い。苦労して、仕事ができる人間はそう珍しくはないのだ。自称、満足と成功という名の下で、謙虚で己の仕事に誇りをもった人間はあまたいるものだ。真の自己肯定には他人の介在する必要はない。<br /><br />　<br />　最初からＷは複雑な人間だった。都会型で愛想がよく、おそらく自分の都合で簡単に相手を裏切る人物にも見えるが、あれこれと他人への気遣いと施しは欠かさない。すれ違う米軍兵士にまるで昔の皇軍の敗残兵のように深々と礼をしたかとおもうと、次の四つ辻では、正当にもアメちゃんには今も昔も日本はかなわないよとおどけて見せる。長い間、真空ポンプのエンジニアであった。<br />　もしかしたらこれは気に入った相手に対してだけなのかもしれないが、私が怪我で長く職場を休んだとき、ただひとり激励の電話をかけてきたのは彼だった。しかも数度にわたって。そんな時は彼の奥を流れる人嫌いという本流が突然の渦で乱され、われ知らず人恋しさの逆流と交じり合ってよろめいていたのかもしれない。誰彼となく気さくに接近し、挨拶代りに自分のなかですでに解答がわかっている質問を無闇に投げかけるのが彼の悪い癖だが、それにもかかわらずこの人物は容易に他人を信じないであろう雰囲気を漂わせている。そしていつも何か遠くのわだちを避けるようなその足踏みの焦点が定まらないのだ。<br />　年６４才独身、大方異様にテンションが高いが、私の予想に反してきついメンテの仕事に入ってからもそれは一向に変わらなかった。私も含めて普通の人間は疲れでふさぎがちになり、不満の虫にとりつかれるものだ。しかし、彼は内心のほころびを他人になかなか見せるようなことはないだろう。彼は他人に何を求めているのだろうか。最初の頃、広いこの基地の中で、地図を片手に自転車にまたがり、呆然とたたずむ彼の姿を目撃したことがあった。何年もここに居るはずなのに・・・。おそらく他人に対しての彼の行動も地図上の軌跡ではないのだろう。しかしその分裂は、ある意味で近代的な病んだ精神の表現だと思うのだ。<br /><br />　<br />　桜の花びらが風に吹かれてはらはらと散っていくよりも、満開でバラの花のようにきっちりと青空に静止している方が好きというＹは、私には典型的な理系タイプの技術屋に見える。散り急ぎ咲く花の姿にこそ万感のあわれを感じると思うのが、私のような何ごとも崩れ物が好きな文系人間のこだわりなのである。彼は機械操作には手順をびっちりと書きこんだ色褪せた黒い手帳を欠かさない。この手帳の空白には想像力の飛躍もなく、容易に自らの判断で書き込むこともないであろう。はたから見れば堅物に思えるが、技術屋としてはこれでいいのだ。心のガードは固いが責任感はある。<br />　「前に私は貴方に何と言いましたか？○○○と言いましたよね」彼はこちらがミスをした時もあくまでも紳士だが、それだけにバラの棘のように容赦なくぐっさっとこちらの胸に突き刺さる。私はときどき彼と話をしていると、彼の指す詰将棋の駒になったような気持ちになる。彼は語りの中の論理の流れを邪魔されるのが嫌なのだろう、一度喋り始めるとそのフレーズが完結するまで決して他人の言葉が差し挟まることを許さない。こちらの感想や疑問や合いの手は、彼が自分でフレーズの終わりと決めているところまではじっと我慢を強いられるのだ。何度、同時にじゃべり続けながらも、その引き下がることを知らない見えない壁にはね返されたことだろう。私はこの堰を閉ざした彼の心の弱さを不思議な気持ちでよく眺める。<br /><br />　<br />　幅広のタイヤと低い車体のグレーのフェアレディＺ。毎朝、職場の駐車場に忍び寄るように入ってくる。サイドドアが開いて、短髪に、浅黒い精悍な顔をした運転手が降りてくる。口髭が男らしさを演出している。本人は劇画のクールなゴルゴ３１を真似しているらしい。確かにどこか似ている。あるいは戦国時代の軍師のようだ。日焼けした顔にサングラスをかければ誰も近寄らないであろう。雄の演出はある程度成功した。「親切というお節介、そっと見守るやさしさ」この彼のどこからかつまみ食いしてきた標語の言葉は、おそらくイタリアのスーツのように彼によく似合う。<br />　しかし私は微笑みながらも騙されない。彼のピアニストのような細長い指、後ろから見た女形がもつ柳腰、昼休みに庭で膝を抱えるようにして煙草を吸うその孤独の姿、なによりも彼の繊細なその優しさは、女性のように柔らかいのだ。他人を組み伏せたい自分の抑えがたい我が儘が、その他人にどう影響しているか、常にその反動の怖れと監視を怠らない、そんなおびえを帯びた優しさなのだ。<br />　絶対的な内面の優しさは他者に超越したものであり、どこか無関心と通じているような気がする。しかし私はこの人物に興味が尽きない。<br /><br />　<br />　いつもは回転するバーナーの先端から霧状に噴き出されたオイルがつくる水平の火柱が、数メートルの先にまで届くような激しい熱炎となって管内を噴き荒れている。この巨大なドラム缶の外側にはぐるりと水が覆っており、その沸騰した水蒸気を一カ所に集め、給湯・暖房として配管で送り出すのがボイラーの役目である。メンテは冷ましたその炉筒に潜水艦のハッチのような狭い出入り口から進入して、炉内のすすに焼けただれた炉壁や壁面に石灰のように固まったスラッジを削りとるのだ。鉄釜の中はまるでむせ返る火葬場の炉のようだ。腹ばいになって前後に移動する。作業ランプは赤茶けた内部を寂しく照らしている。しばらくするとこの鉄の檻に閉じこめられた恐怖に息ができなくなるような気がしてくる。奥まった暗がりから、作業中の同僚Ｋの独り言が、谷間に消えるこだまのように聞こえてくる。「なんの因果でこんな仕事をやるはめに・・・・、何の因果でこんな仕事をやるはめに・・・・」　冗談とも本気ともとれるその喘ぎを聞きながら、私はしばらく手をやすめて、アーチ状にせまる頭上の鋼板に浮き出た鉄錆のまだら模様を見つめていた。<br />　大柄のＫはいたずらっぽい目をしてよく私をからかう。大手鉄鋼会社を定年退職して、数年前にこの職場にやってきた。骨太の冗談好きで、若い頃はさぞかしその力が余っていただろうと想像する。６４才にもなってまるで丸太を叩き割るように力仕事を私と一緒にやれるのだ。私が職場に初めてやってきた時、遠目で眺めていた彼は私に駆け寄り、自分の軍手の束を差し出して、気楽にやろうなと囁いてくれた。会社という無慈悲な荒波の同じ船に乗ったのだから、できる限り一緒になって自分達の労働を楽しくやっていこうという、工場労働者の染み込んだ体質が私には手にとるようにわかる。純粋の職人の世界とはまた違うのだ。だから私はＫを理解でき信頼している。<br /><br />　  　　　　<br /> 　 ]]>
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<title>黄昏</title>
<description> 　私にとって黄昏どきはいつも哀しく美しい。そして、それぞれが迎える人生の黄昏もまた味わい深い。　　傷つき毀れやすきものは、そのかけがえのなさゆえに貴重であり美しい。万事物事に消沈してわだかまる私には、この透通った代赭色の夕景が胸にしみる。街に薄暮が迫る。あちらこちらで夕映えの残滓がつかの間の輝きを放っている。私は喪失の鈍い痛みに震えている。その後ろで孤独な竹が蒼い光に潤んでいる。　　人生は意味もな
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<![CDATA[ 　私にとって黄昏どきはいつも哀しく美しい。そして、それぞれが迎える人生の黄昏もまた味わい深い。<br />　<br />　傷つき毀れやすきものは、そのかけがえのなさゆえに貴重であり美しい。万事物事に消沈してわだかまる私には、この透通った代赭色の夕景が胸にしみる。街に薄暮が迫る。あちらこちらで夕映えの残滓がつかの間の輝きを放っている。私は喪失の鈍い痛みに震えている。その後ろで孤独な竹が蒼い光に潤んでいる。<br />　<br />　人生は意味もなく何ら目的も帯びないからこそ、その迅速性に美しさが現れるのだろうか。毀れやすきものは途絶えがちにもつれ、その持続は容易に崩れやすい。しかし、もともとはかない夢はかさかさとした不条理の中にこそ、したたかな花を咲かせる。<br />　<br />　日中の華やぎを失くした陽射しは力なく、樹々の梢の密な葉むらの上に、千々に乱れて灯っている。この逃げ遅れて点々とした茜色の温もりもまた、まもなく清冽に明滅する夜空の黒白に戻っていくのだろう。<br />　<br />　夜の傾きはいつも迅速だ。何処からともなく、ひたひたと底方（い）の知れぬ薄墨が地を這い出す。その傍らで、梅雨晴れの家々の甍が、このところの長雨をしっとりと含み、高空に浮かぶ彩雲の底を照らして沈んでいく落日の光を浴び、その節々に丹青のまだらを模様を刷いている。<br /><br />　軒下の影はしだいにその壁面に広がる。雨滴の跡の雨染みや、洞（うろ）を隠すくず埃、壁を縫うつる草の亀裂が、次々と夜の早瀬に呑みこまれていく。その頃には、天井を支えたうつ梁（はり）が夜の重みに耐え切れず、ぎしぎしときしみ出すのだ。<br /><br />　真正の闇はひさしの下でひっそりと自ら育ち、そのまま一本の漆黒の横木となって屋根を黒々と受けとめる。一方、光と競う影が造りだした戯れの闇は、多変数の明晰な数式のように忍び寄り、形あるものの直線、曲線の角を取り、その面の起伏はなだらかな凹凸の連なりに平らげていく・・・・。<br />　<br />　 ]]>
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<title>銭湯 </title>
<description> 　今日は一ヶ月ぶりに皿洗いのアルバイトに出た。長年やっているので腰はさすがに痛いのだが、思ってた以上に手足はスムーズに動いた。いつまでもだらだらと辞められないのは、そこでの人のしがらみと生活苦からである。ひょっとしたら私という人間は、黙々と皿を洗っているのが好きなのかもしれない。近頃やらされたボイラー整備のときに、分解された部品を真ちゅうブラシで何時間も擦っていてもそれほど苦にならないのと同じだ。
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<![CDATA[ 　今日は一ヶ月ぶりに皿洗いのアルバイトに出た。長年やっているので腰はさすがに痛いのだが、思ってた以上に手足はスムーズに動いた。いつまでもだらだらと辞められないのは、そこでの人のしがらみと生活苦からである。ひょっとしたら私という人間は、黙々と皿を洗っているのが好きなのかもしれない。近頃やらされたボイラー整備のときに、分解された部品を真ちゅうブラシで何時間も擦っていてもそれほど苦にならないのと同じだ。考えてみれば、私は洗濯機の水槽の渦を延々と見ているのが好きだし、昔、自動車工場で、単純工程の繰り返しであるライン作業にも充分適応できた。これはきっとじっとして精神を集中するよりも、私には身体をうごかしながら意識のまどろみに入り込む方がよほど心地いいことなのだろうと思う。意識が裸形になるのは、身体の何らかの動きとともにあるほうが先鋭化するのではないだろうか。<br />　<br />　仕事帰り、いつもと違う通りを歩いていたら、遠くに銭湯の煙突が見えたので気まぐれに入ることにした。疲れたときは汗を流してさっぱりするのがいい。男はタオル一本あれば、どこの街角でもふいっと立ち寄って風呂に浸かることができるのである。だから私はいつもタオルを鞄の中に忍ばせてある。東京の下町にはまだまだ銭湯の文化が残っている。下足箱に靴を入れて、木札を片手に入り口の引き戸を開けると、浴室と脱衣所を隔てた曇りガラスの向こうに、たらいが床にあたる音や、蛇口から湯が迸る音に混じって、浴槽の壁面に大きくタイル貼りされた富士の山がその湯気のなかにぼーっと現れてくる。高い天井の明かり窓から午後の日射しが射し込んでいる。午後一番のどこの銭湯も、湯船には滔々と熱い湯が流れ出て清々しいものだ。たしかに新しい湯は少々熱くて硬いのだが、そこは思いきって身体を沈めてみる。首まで湯に浸かり、壁に埋め込まれた富士の大パノラマに見下ろされながら、溢れ出る熱い湯が浴槽の縁で膨らんで、次から次へと床底の排水溝へ落ちていくのを見ていると、身体の中に溜まった疲れや澱みも一緒になって流れていくような気がした。<br /><br />　洗い場の床で脚を広げ、柔軟体操をしている小柄な老人がいた。若い頃はどのような職業をやっていたか見当のつかない老人だった。私の興味の視線に気がついたのだろう、齢は取るものじゃないと独り言を言いながら湯に浸かってきた。落ち窪んだ目が鷹のように宙を見つめている。私はここの銭湯が初めてであることを隣の老人に話した。老人は週に一回、この銭湯にきて汗を流し、ついでにまだ客も少ない広々としたこの浴場で柔軟体操をして帰るのだそうだ。そのうち、今年初め、この老人が肝臓病で救急車による病院のたらい回しにあったことや、臍の下の大きな傷跡を指して、病院の誤診で危なく命を落とすところだったことなどを話始めた。齢８３歳、戦争中は関東軍として満鉄の警備にあたり、敗戦でその満州にソ連軍に抑留され、多くの戦友がそこで栄養失調や凍死したこと、遺体は野ざらしにされ鳥のついばむままにされたこと、戦後は毛沢東軍と蒋介石軍の中国内戦に巻き込まれたことなどの昔話が続いた。<br /><br />　私は老人の話を聞くのが好きである。そこに多少の見栄や誇張、また自慢があっても、年輪の重さには何かしら人を惹き付けるものがある。その風貌や話ぶりには隠しようがないあるなにものかが表れている。どうしようもなく朽ちていく、その身体にあらがう人間の精神のそれぞれの刻印が、過去を養分として例外なく深く刻み込まれているのだ。たとえ、それが前向きな希望であろうとも、また虚無や諦めや絶望であろうとも。 ]]>
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